2006年9月8日(金) |
― 日本の税の歴史 ― 平安時代から安土桃山時代 |
平安時代 11世紀になると、貴族や大きな寺社は、地方豪族と結んで田畑の大規模な開発を行い各地に荘園を作りました。 荘民には領主から年貢や労役などの様々な税が課されました。 また、地方の豪族も武装し、これがやがて武士団となり鎌倉時代を迎えることになります。 鎌倉時代 政権を取った源頼朝は御家人を守護や地頭に任命しました。 1232年制定の御成敗式目によると、守護は軍事・警察権の行使が主な任務であり、地頭は農民などから税を徴収し、これを国司や領主に納めることが主な任務でした。 また、経済も発達して座(同業組合)が作られ生産、販売を独占する替わりに座役という税を品物や貨幣で納めました。 室町時代 室町時代になると、守護の権限が強化され、軍事・警察権だけでなく税の徴収権も持つようになりました。 そして、守護請(守護が国内の荘園領主から年貢の納入を一定額で請負うこと)などを行い、荘園を実質的に守護領化して行きました。 |
また、農民からの年貢のほか、商工業の発展とも関連して棟別銭、土倉役や酒屋役という新しい税金が誕生しました。 「棟別銭」とは家屋の棟数別に課税された税金、「土倉役」「酒屋役」は、高利貸しをしていた質屋(土倉)、酒屋の営業に課された税金です。 安土桃山時代 天下統一を行った豊臣秀吉は、全国の土地調査(太閤検地)を行い、農地の面積だけでなく、土地の良し悪しや農地の石高(収穫高)などを調べて検地帳を作成し耕作者などを村別に登録して年貢をかけました。 この時代は、二公一民といって、石高の3分の2を納税させました。 |
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